建築家に会える家
~住宅を白いキャンバスに見立てて~
限られたスペースを広く見せるための工夫や、光や風を存分に取り入れる仕組み、住まい手の生活スタイルにしっくりとなじむ動線計画──建築家が手がける「間取り」には、住宅メーカーや工務店にはない独自のアイデアが詰まっています。本シリーズでは、そんな建築家の間取りと設計手法を徹底解剖。心地よく魅力的な間取りはどのように生まれるのか?に迫ります。第12回は、設計事務所とカフェを併設した建築家の自邸、「研究学園の家」(吉デザイン設計事務所)です。
吉デザイン設計事務所
吉川直行
1997年 神奈川大学工学部建築学科卒業
1997~1999年 EIデザイン設計事務所
1999~2003年 ラスティック建築研究所
2003年 渡イタリア
2004年 ムジ・ネット株式会社「無印良品の家」
2005年 吉デザイン設計事務所設立
2008年 事務所を南千住から研究学園へ移転
2008年 事務所に併設してカフェをオープン
2013年 カフェをアトリエとしてリニューアル
――ご自邸である「研究学園の家」をはじめ、吉川さんが手がけられている住宅はどれもまぶしいほどの白さが目を引きます。白という色に対して、何か特別な思い入れをお持ちなのでしょうか?
住宅というものは、住まい手が住みながらつくり上げていくものだと思っています。人の生活や価値観は変わるものですから、“一生モノの間取り”というのはなかなか難しい。ですから、建築家が建てた時点ではその家は、言ってみれば「未完成な白いキャンバス」であるべきだと思うのです。そういう意味で、白をベースにしたシンプルな外観・内装が多くなっているのかもしれません。壁や間仕切りは最小限にして、必要が生じたら引戸や家具で仕切ればいい。白い壁を好きな色に塗ってもいいでしょうね。あとは、私の自邸である「研究学園の家」をご覧になったお客様が、「同じような家に住みたい!」とリクエストしてくださるので、その流れで白い住宅が多くなっているという背景もあります。お客さんから「白い家以外は設計してくれないんですか?」なんて聞かれることがありますが、もちろん他の色の家もデザインしますよ(笑)。
――お客様との打ち合わせはどのように進めていらっしゃるのですか?
こちらから一方的に提案した家に住んでもらうのではなく、お客さんと一緒に理想の家をつくっていきたい、というのが私たちの考え方です。そのためにはもちろん、お客様のことをよく知っていなければなりません。ですから、事務的に必要なことだけを打ち合わせるのではなく、お客様の人となりを理解しようという努力はしています。そういう意味では、住宅の設計には接客業的な側面があると思うんですよね。現在、事務所は妻と2人でやっているのですが、2人とも昔から接客が好きなんです。私たちも楽しんで打ち合わせに臨んでいます。
もちろん、プロの建築家としてのアドバイスもさせていただいています。外壁や内部の床材など、他人の目に触れる部分や、人が直接触れる部分の素材には特にこだわるべきだと考えています。大切なのは、できるだけ“素材感”のあるものを選ぶこと。ヨーロッパなど海外の建築を見ると分かりますが、魅力的な建物は素材に対して余計なデザインをしていないんですよね。私たちの事務所でも、手を入れすぎて“素材感”を殺してしまうデザインをするのではなく、素材そのものの魅力を引き出すような使い方を心がけています。
日本の住宅は性能が高いのですが、性能を追い求めすぎると今度は素材感が薄れてチープに見えてしまうケースもあります。そのバランスをどのように取るのかも、私たち建築家の仕事のひとつです。
――「研究学園の家」にはカフェが併設されていますが、どのような経緯でカフェをつくることになったのですか?
私の活動する地域もそうなのですが、地方では住宅を建てる際、ハウスメーカーの展示場に行ってその中から選ぶのが当たり前になっていて、それ以外の方法を知らない人も多いのです。仮に建築家の存在を知っていたとしても、ハードルが高いとか、自分とは縁のない場所だと思っていて、相談に行こうという発想がなかったりします。
ですから、建築家や、建築家の建てる家をもっと身近に感じてもらいたいという思いを込め、「研究学園の家」は自邸兼、事務所兼、カフェ、というスタイルにしました。
とは言っても、いかにも建築事務所、という雰囲気にはしていません。目指したのは、小さな町医者のような設計事務所です。建築家版のモデルルームのように見学してくださってももちろんよいですし、ちょっとお茶を飲むついでに、自宅のインテリアの相談をしてくれたっていいんです。実際、そこが設計事務所だと知らずに通ってくださった常連さんもいましたから(笑)。そうして、いつか家を建てようと思ったときに「そういえばあのカフェに建築家がいたっけ?」と思い出していただければそれで十分なんです。
――住宅でありカフェでもある「研究学園の家」では、素材の選びかたや間取りにはどのような工夫をされたのでしょう?
最初にお話した「住宅をキャンバスと捉える」という考え方は、この家の子供室にも採り入れています。いまは吹き抜けに面した大きめの1室になっていますが、将来、子どもに「どうやって過ごしたい?」と直接聞いて、必要があれば家具などで仕切れるようにと考えました。現在は引戸を設置して仕切って、収納を増やしたりしています。
1階のキッチンは最初からカフェにすることを想定していたので、土足のまま入れてキッチンで作った料理をそのまま客席に提供できるよう、床を土間にしています。キッチンの脇に小上がりの和室がありますが、吹き抜けに面しているので、子どもが小さいうちは赤ちゃんのためのスペースにして、2階からいつでも子どもの様子がうかがえるようにしました。成長後は茶の間にしてご飯を食べたりテレビを見たり、必要に応じて子連れのママのための客席にしたり。いろいろな使い方ができるように考えて設計しています。
素材については、やはり“素材感”を大切にと考えました。カフェの内装にはパイン材に白の塗装を施したものを使っていますが、自然塗料を使い、塗装後にブラッシング加工をして木目が見えるようにしています。こうすれば、シンプルに見せつつも木のぬくもりが感じられるようになり、素材が息づく気持ちのよい家になりますよね。
――自宅兼カフェ、というスタイルに憧れる人も多いと思います。「研究学園の家」を見たお客様から、「カフェを併設した家を建てたい!」というリクエストもあるのでは?
カフェだけでなく、美容院やエステ、ギャラリー、マッサージ店など、いろいろな店舗と住宅を組み合わせたいという相談をいただいています。最近、実際に建築が実現した例として、「はなむろの家」があります。1階がパン屋さんなのですが、この家の建て主さんはもともと「研究学園の家」のカフェのお客さんでした。当初は「吉川さんの家とまったく同じものをつくってほしい!」という要望をいただいたのですが、人通りのある道路に面しているなど敷地に課題があったので、実際には中庭を囲うようなプランにしています。私は住宅をつくる建築家なので、店舗デザインについてはある意味、素人のようなものです。そこでそれを逆手に取って、奇抜な店舗デザインをするのではなく、友だちの家に遊びに来たかのような、気軽に立ち寄れるお店を目指しました。
現在、小笠原諸島・父島に来年オープンするホテルの設計も担当しているのですが、ここもやはり、とにかくシンプルな設計を心がけています。小笠原の大自然という大きなお皿に、料理を盛りつけるようなイメージでしょうか。今回は依頼を受けてのプロジェクトですが、接客好きが高じて、いつか自分でホテルを建てて経営してみたい、なんていう夢も密かに抱いています。
露しの柱にベニヤを張り、塗装しただけのシンプルな壁面。スペースを広げたい時はベニヤを取り外すこともできる
設計事務所内から客席を見る。 “建築家”が身近に感じられるよう、カフェスペースとの境界をあいまいにした
ガラス戸で仕切った開放的な浴室。グレーチングの排水溝で、浴室と洗面室がシームレスにつながる
白色に塗装した木材はあえて木目を見せて外構のアクセントに。「Atelier como」のさりげない刻印も
マフィンや焼き菓子はどれもおいしい。友人、家族、ひとりでも気軽に楽しめるカフェスペース
「研究学園の家」に併設され、オープン以来、地産地消の食材を使ったメニューで人気を博してきた「Cafe como」。今年の4月には、名前を「Atelier como」に変えてリニューアルオープン。カフェだけでなくギャラリーやレンタルスペース、料理教室などとして貸し出し、地域の皆さんから愛されています。しかもレンタル料は1時間400円とかなりの破格。そうなるとお店の経営が気になるところですが……。
「もちろん、赤字です(笑)。でも、もともと利益を考えてつくったわけではないんですよ。建築に気軽に触れてもらったり、みんなの夢を叶える場所であったりと、地域の皆さんに少しでも役に立って、愛されるお店にしたかったのです」。人とのつながりを大切にする吉川さんらしい、とても素敵な答えをいただきました。
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