狭小間口の3階建て
~家の真ん中に「ライトウェル」という発想~
限られたスペースを広く見せるための工夫や、光や風を存分に取り入れる仕組み、住まい手の生活スタイルにしっくりとなじむ動線計画──建築家が手がける「間取り」には、住宅メーカーや工務店にはない独自のアイデアが詰まっています。本シリーズでは、そんな建築家の間取りと設計手法を徹底解剖。心地よく魅力的な間取りはどのように生まれるのか?に迫ります。第7回は、狭小間口の3階建て2世帯住宅に、大胆な発想で光と風を取り込んだ事例、「生野東の家」(ARCHIXXX眞野サトル建築デザイン室)です。
一級建築士事務所ARCHIXXX眞野サトル建築デザイン室
眞野サトル
1971年?大阪生まれ
1989年?大阪市立東高校 卒業
1991年?中央工学校大阪建築室内設計課 卒業
1999年?共同設計株式会社 退社
2002年?一級建築士事務所ARCHIXXX眞野サトル建築デザイン室 設立
2007年?トーヨーキッチン&リビング キッチンデザインコンペ 入選
2008年?建築家のあかりコンペ2008 入選
2010年?釜山建築大展 入選
2012年 大阪ガス住宅設計アワード 優秀賞
2013年愛知建築士会 建築コンクール 佳作を受賞
メディア出演
2013年 MBS毎日放送 住人十色
2013年 建築家カタログ第7集
2014年 Lives(ライブズ) VOL.73
――「生野東の家」の建て主さんと眞野さんとは、共通点も多かったそうですね。そのおかげで打ち合わせもスムーズに進んだとか。建て主さんとはどのようなきっかけで出会われたのですか?
建て主さんはもともとハウスメーカーに依頼をするつもりで、すでに何度か相談にも訪れ、提案も受けていたようです。ところが、なかなか思うようなプランに巡り会うことができず、建築家への依頼を検討し始めたとか。そんな時、たまたま地元の情報誌で私の事務所を知って相談にいらっしゃいました。建て主さんと私の年齢が近かったことや、小さいお子さんがいることなどいくつか共通点があったこともあり、親近感を覚えていただけたようです。おかげで打ち合わせでも話が弾み、最終的に私にお任せいただくことになりました。家づくりの最初の段階では特に、円滑なコミュニケーションがとても重要になります。その打ち合わせの中で、建て主さんご夫婦とそのご両親が、新しいことへのチャレンジ精神をお持ちで、面白い仕組みを盛り込むことなどにも積極的でいらっしゃることも分かりました。そうした意味で、今回は「生野東の家」を成功させるためのいいスタートが切れたと思っています。
――打ち合わせでは、建て主さんから具体的にどのようなご要望があったのでしょうか?
建て主さんからは主に、「明るく、家族がつながりを感じながら暮らせる住まいを」というご要望をいただいていました。新居にはご夫婦とお子さん2人、そしてご両親の6人がお住まいになるということで、2世帯住宅としての計画でした。
しかし、敷地には少々クセがあり、いろいろな苦労がありました。間口が6m弱ほどと狭いうえ、敷地西側の一部が出っ張ったいわゆる「変形敷地」であり、さらに両隣には3階建の住宅がすぐそこに迫っている……という厳しい条件だったのです。家族6人のための二世帯住宅でしたから、約100m2という敷地面積を考えると3階建ては必須になります。また、昇降の負担に配慮すると、必然的に1階にご両親の生活スペースを配置することになりますが、両隣に隣家が迫っているために1階には十分な採光や通風が期待できませんでした。このままでは、ご両親は暗く狭い部屋で過ごすことになってしまいますし、階が細かく分かれていることで、家族とのつながりも得られません。そこで、家の中に「ライトウェル」を設けるアイデアを提案させていただきました。
――「ライトウェル」というと、採光用の小さな庭ですね。小さな敷地にライトウェルを設けるというのは、なかなか大胆な発想です。どのような仕組みになっているのでしょうか?
このライトウェルは煙突のような筒状になっていて、屋上から1階までを貫くようにしてつくられています。屋上にあるライトウェルの入り口は外部に直接開いており、1階の小さな植え込みまでつながっています。本格的な中庭とまではいきませんが、これによって窓の少ない1階で暮らすご両親も、雨や風など、天候や季節の移ろいを肌で感じ取ることができるというわけです。また、ライトウェルの途中にはいくつかの小窓が設けられていて、屋上から入って乱反射した光を各階の室内にもたらしてくれるという効果もあります。一方で、外部と直接つながっているので、冷たい風が吹き込む冬場の対策も必要になります。そこで、屋上の入り口にはフタができるようにし、さらに1階の植え込みの下にはガス温水床暖房を設置しました。屋上のフタを閉じて暖房を付ければ、煙突内を通って建物全体を温めてくれる仕組みになっています。
――ひとつのライトウェルがたくさんの役割を担っているのですね。それにしても、決して広くはない家の中に貫通させるわけですから、部屋のどの位置にライトウェルを配置するかも悩みどころだったのではないですか?
たとえば2階では、あえて子供室にまたがるような位置に配置しました。ライトウェルを家族間のコミュニケーションのための装置として機能させるためです。ライトウェルに設けられた小窓の位置はランダムに見えますが、実は、小窓から顔を出すと別の階にいる家族と会話ができるように配置してあるんです。ライトウェルと小窓を通じて各階からの声や雰囲気が全体に伝わります。内線などで家族を呼ぶのではなく、小窓から顔を出して直接声をかけたりすることで、コミュニケーションも生まれます。
3階の場合、広いリビングのちょうど中央に配置されているので一見邪魔に見えるかもしれませんが、この配置にも理由があります。ライトウェルを中心に、北側はダイニングテーブルのあるスペース、西側はくつろぎながらテレビなどを見るスペース、東側はキッチンスペース、南側は多目的に使えるスペースというように、ライトウェルを介して、緩やかに空間の役割を分けているのです。室内の面積が限られていますから、壁で仕切ってしまうと閉塞感が生まれてしまいます。それを避けるために、ライトウェルの配置については熟慮を重ねました。
――敷地西側の出っ張った部分も有効的に使われていますね。3階には小さな庭も設けられています
当初、建て主さんがハウスメーカーに相談に行った際は、「ここには建物は建てられないので庭にしてはどうか」と提案されたのだそうです。この部分の間口は2.5mほどですから、確かに規格化されたハウスメーカーの住宅では対応できない場合もあるかもしれません。建物には、耐震性能を向上させるために「耐力壁」と呼ばれる構造上重要な壁を適切に配置しなければならないのですが、間口が狭い場合、この耐力壁の配置も困難になります。
「生野東の家」では、1階はご両親のための玄関とキッチン、2階はバスルームとドレッシングルーム、3階には芝生の庭も設けています。構造設計者と協議の上、耐力壁の配置を調整したことで実現できたプランと言えるでしょう。このように、制約が少なく自由に設計ができる点は、われわれ建築家の強みの1つです。他社に「無理だ」と言われても、われわれ建築家なら実現できる可能性もあります。諦める前に、ぜひ建築家に相談してみてほしいですね。
3階テラスには、植物が好きなご主人のために、隣接するリビングからいつでも人工芝を眺められるつくりに
1階廊下のエレベータは、ご両親のために設置。側面をガラスにしたことで光を透し、吹き抜けのような役割も
屋上に設けられたライトウェルの入り口から室内の明かりがこぼれる。冬場などはガラス製のフタを閉じられるようになっている
ライトウェルを中心に視覚的に仕切られたリビング。間仕切壁がなく、開放感がある
「デザインには根拠が必要だ」
あっと驚くような仕掛けで、家族みんなが明るく、楽しく過ごせる住まいを実現した眞野さん。そんな眞野さんがインタビュー後に語ってくださったのは、「デザインには根拠が必要だ」というお話でした。「建築家住宅のメリットの1つは優れたデザイン性にあります。しかし、どんなに美しく斬新なアイデアでも、それが建築家のひとりよがりになってしまっては本末転倒です」。事実、「生野東の家」の場合、ライトウェルがただのオブジェであったら、建て主さんも満足できなかったはず。住まいに個性を与え、快適な住環境と家族間のコミュニケーションをもたらしてくれた「生野東の家」のライトウェルは、住まい手のことを考えた眞野さんの想いがあってこそ生まれたアイデアだったのでしょう。
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