建築家インタビュー 建築家の間取りから

新しい子育て間取りを探る ~女性建築家の理想形~

限られたスペースを広く見せるための工夫や、光や風を存分に取り入れる仕組み、住まい手の生活スタイルにしっくりとなじむ動線計画──建築家が手がける「間取り」には、住宅メーカーや工務店にはない独自のアイデアが詰まっています。本シリーズでは、そんな建築家の間取りと設計手法を徹底解剖。心地よく魅力的な間取りはどのように生まれるのか?に迫ります。第9回は、理想的な子育て間取りを追求して生まれた「つぼみ」(一級建築士事務所 アトリエマナ)です。

Architect

一級建築士事務所 アトリエマナ

河内真菜さん

河内真菜

2000年 日本女子大学 住居学科 大学院卒業
2000年 (株)陶器二三雄建築研究所
2002年 (株)杜設計
2004年 河内建築設計事務所
2007年~2008年 東北芸術工科大学非常勤講師
2010年 一級建築士事務所 アトリエマナ 設立

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―「つぼみ」の建て主さんはご夫婦とお子さまの4人家族だと伺いました。河内さんご自身も5歳の女の子の母親でいらっしゃいますが、子どものための空間についてはどのようにお考えですか?

子どもには贅沢な個室を与えるより、多目的に使えるスペースの一角をあてがうほうがよいのではないか、というのが私の考え方です。子どもはいつか家を出るものです。せっかく立派な個室を用意しても、使われるのは一時に過ぎません。それに、成績優秀な子どもほど、自分の部屋を持っていないという研究結果もあるそうですよ。
そもそも、子どもに至れり尽くせりの設計が当人にとって本当に必要であるとは限りませんよね。引き戸で手を挟んだり、少し高いところから落ちそうになったり……子どもは、そんな体験を通して成長していくものです。危ないものから遠ざけるのではなく、「危ないものを危ないと学べる環境」を用意することこそが、実は大切なのではないかと思っています。
その意味で、キッチンは大事な役割を担っていると思います。リビングに対してオープンなキッチンであれば、「食事をつくる」というプロセスを子どもが体感でき、一緒に料理をするようになります。火や包丁の扱いを覚えるきっかけになりますよね。私の娘はいま5歳ですが、その甲斐あってか積極的に料理を手伝ってくれていますよ。

―それでこの「つぼみ」にも子ども部屋がないのですね。お子さんは普段どこでどのように過ごされているのでしょう?

リビング奥の一段掘り下げた低い位置にワークスペースを設けて、そこをお子さんのための空間にしています。壁で仕切ってしまっては開放感が損なわれてしまうので、床に段差を設けることでゆるやかに空間をわけているんです。これなら、お互いの気配を感じながらも、それぞれが自由に過ごせますよね。
床を一段下げることには、もう1つメリットがあります。大人の視界に入る位置に子どものスペースがあると、色味の強いおもちゃなどが雑然としてどうしても気になってしまいますが、一段下げたこのワークスペースの中なら大人の視界に入りにくくなるんです。こうした「アルコーブ」のような空間は、落ち着いて作業に集中できますし、またのびのびと過ごせるスペースにもなるんです。

―「つぼみ」では、2階にある大きなテラスが目を引きます。外にいるのに部屋の中にいるような、不思議な感覚がありますね。

「つぼみ」のテラスは、部屋の外でありがなら室内のような感覚で過ごせる、いわゆる「半屋外」の空間になっています。この空間の存在が、実はとても大切なんです。
「つぼみ」は、沖縄県・那覇市に建つ住宅です。ご存じの通り、沖縄は年間を通して気温が高く、直射日光も強い地域。そのため沖縄の人々は、屋内に濃い日影のあるスペースをつくり、そこに風を呼び込むことで涼を得る──といったライフスタイルを好みます。そこでこの「つぼみ」でも、影を生むスペースとして、大きな外壁に囲まれた半屋外のテラスを設けました。このテラスの北面は外壁に守られていますが、上部は空に向けて大きく開いています。また西面には、沖縄特有の「花ブロック」をイメージしてレンガを透かして積んでいるので、風と光が程よく通り抜けてくれるんです。

―別の作品でも、半屋外の空間をうまく使われていますね。例えば都市部に建つ住宅などでも、この方法は有効なのでしょうか。

昨年竣工した私の作品、「モザイクハウス」は、住宅が密集する場所に敷地がありました。隣地にはマンションも建っており、このままではマンションから丸見えの状態になってしまいます。ここで目隠しのために大きな壁をつくってしまうと、街に対して閉鎖的な家になってしまいますし、住まい手も息苦しさを感じてしまいます。
そこで、「つぼみ」と同じように、レンガ積みの外壁で敷地全体を囲うという方法をとりました。こうした透け感のあるレーシーな壁なら、落ち着きを感じながら十分な光が室内に届き、開放感も得られます。夜になると室内の灯りがうっすらとこぼれて、幻想的なイメージも演出してくれます。
周囲に特別な眺望が開けていたり、人の目の気にならない別荘地であったりすれば、思い切って大きな窓を設けることも有効です。しかし、「つぼみ」や「モザイクハウス」のような住宅地に建つ建物の場合は、こうして「半屋外の空間」をつくってあげて、そこに対して思いっきり大きな窓をつくる。少し暗い室内から明るいテラスを望むという間取りは、大開口の空間にはない魅力があります。たとえ住宅地であってもまるで別荘のような暮らしを実現できる、ひとつの工夫ですね。

―「つぼみ」の内部はひとつながりのワンルームのような空間になっていますが、開放されすぎず、それぞれのスペースがほどよく区切られているように感じます。

その秘密は「屋根」にあります。「つぼみ」の建つ地域には建築協定が定められており、屋根に一定の勾配(角度)を設けなければならないという決まりがありました。そこで、そうした法規的な条件に加え、日射などの気候条件を考慮しながら、さまざまな方向に向けて屋根に勾配をつくり、その勾配を室内にそのまま現しています。こうして内部空間に生まれた陰影が、それぞれのスペースを緩やかに仕切るという視覚効果をもたらしているのです。「つぼみ」の建て主さんは、4人家族ですが、それぞれがお互いの気配を感じながら、ほどよい距離感をもって暮らせる空間になっています。

ワークスペース

2階のワークスペースは、子どものお気に入りの場所。ほどよい段差と壁の収納で、色味の強いおもちゃも気にならない

リビングからワークスペースを見る

2階リビングからワークスペースを見る。開かれたキッチンが子どもの好奇心をかきたて、家族での共同作業のきっかけにも

モザイクハウスのテラス

「モザイクハウス」のテラス。レンガの壁が、外部とのほどよいつながりを生む。

モザイクハウスの昼夜外観

「モザイクハウス」の外観。日中はレースに包まれたような透け感で風景になじみ、夜はランプのような灯で街に溶け込む

夜のダイニング

「モザイクハウス」廊下から中庭を見る。住宅が密集する場所にありながら、存分に外を感じることができる

編集後記

一級建築士事務所 アトリエマナを訪れて

「自分の価値観を押しつけず、建て主さんの要望を尊重し、そこに最適なプランやディテールを考えることが建築家の役目です」と話してくださった河内さん。洗練された作風とは裏腹に、気取ったところがない、おおらかで実にチャーミングな方。取材中も私たちを和ませてくださいました。その後、建築の話題になると、そこはやはりプロの顔に。女性らしいやわらかな空間づくり、子育て経験を生かしたプランの提案、そして建築家としての論理的な考え方……さまざまな魅力を併せ持つ河内さんのお話に、編集部も釘付け。現在は豊島区・雑司ヶ谷の事務所で、3人のスタッフを抱えて大忙しの日々を送られているそう。短い時間でしたが、その人気の理由がよくわかる取材となりました。

編集後記

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