建築家インタビュー 建築家の間取りから

キャンティレバーの家 ~駐車場+賃貸併用の形~

限られたスペースを広く見せるための工夫や、光や風を存分に取り入れる仕組み、住まい手の生活スタイルにしっくりとなじむ動線計画──建築家が手がける「間取り」には、住宅メーカーや工務店にはない独自のアイデアが詰まっています。本シリーズでは、そんな建築家の間取りと設計手法を徹底解剖。心地よく魅力的な間取りはどのように生まれるのか?に迫ります。第2回は、1つの敷地内に月極駐車場と賃貸併用住宅を建てた事例「キャンティレバーの家」(佐野修建築設計事務所)です。

Architect

佐野修建築設計事務所

佐野修さん

佐野修1970年 愛知県豊川市生まれ
1997年 宇都宮大学工学部 建設工学科卒業
1997年 宇都宮大学大学院 修士課程修了
2000年 佐野修建築設計事務所 設立
2006年 株式会社佐野修建築設計事務所 法人化
2007年 武蔵野大学 非常勤講師

詳細を見る 作品事例を一覧で見る

―作品名にもなっている「キャンティレバー」がこの家の最大の特徴だと思いますが、この形は、1階に賃貸住宅や駐車場があることと何か関係しているのでしょうか。

1階の駐車スペースと、2~3階の居住スペースの確保、これを両立するために「キャンティレバー」の形にしています。
大きな駐車場を設けて、その上の部分に部屋がつくれないとなると、敷地のムダ使いになってしまいますよね。駐車場の上にも部屋をつくりたい場合、本来なら建物の四隅に柱を建てた「ガレージハウス」のようなかたちにするのが普通ですが、今回は車が出入りしやすくする必要があったこと、車の衝突で建物が損傷しないようにする必要があったことから、柱のないキャンティレバーを採用したというわけです。 キャンティレバーはそのデザインにばかり目が向いてしまいがちですが、本来はこのように目的や理由がちゃんとあって、その解決方法としてやるべきものだと思います。それが結果として、外観デザインにもダイナミックさや個性をもたらすことになるわけですね。

―柱なしでリビングを丸ごと支えるわけですから、構造設計は大変そうですね。やはり「キャンティレバー」はそう簡単には採用できないものなのでしょうか。

キャンティレバーそのものが、技術的にすごく難しいことかというと、そんなことはありません。鉄骨造やRC造ならもちろんですが、木造でもある程度までなら実現可能です。コストが大幅に跳ね上がるというわけでもありません。
とはいえ、この作品事例には、よそでは簡単に真似できない「建築家ならではの見せ場」もたくさん詰まっています。
例えば、2階のリビングを支える床の裏側に架けられたコンクリートの梁。この梁は、実は道路側にいくにつれて先端が細くなっているんです。こうすることでコンクリートの総量が減り、コストが削減できますし、建物そのものの重さも減るので、構造にもやさしい。さらに、ファサード側(正面)から見えるコンクリートスラブの厚さを薄く見せることができるので、建物がシャープに見えるというデザイン的なメリットにもつながっています。
ただ単に「跳ね出させる」だけなら構造的な問題をクリアするだけでよいのでしょうが、こうした、基本性能に加え、コストやデザインの事までも考えた設計は、建築家の得意とするところでもあります。

―今回の事例は、駐車場と賃貸住宅が通常の住宅に併設されています。騒音や振動への対策も必要になるのではないでしょうか。

1階の賃貸住宅部分をRC造、お施主様とその姪夫婦が住む2~3階が木造という、木とコンクリートの混構造になっています。車が衝突する可能性のある1階の駐車場部分を強固な構造にするため、というのが主な理由です。
しかし、他にもメリットがあるのです。1つが、騒音や振動の対策。木造に比べ音や振動が伝わりにくいRC造は、駐車場や賃貸併用の住宅にはピッタリでした。また、構造的に強度の高いRC造なら、この家のような、大胆な跳ね出しが実現できます。跳ね出した部分の長さは2.2mほどですが、まるで大地に建っているような安定感がありつつも、浮遊感を楽しめるんですよ。
こうして、ひとつのアプローチを取ったことが、結果としていくつもの問題を同時に解決し、お施主様の要望をどんどん実現していく。これは、「建築家と建てる注文住宅」の魅力のひとつと言えるでしょうね。

―間取りや内装は、ごくシンプルにまとまっている印象を受けます。設計にあたって、お施主様から何か要望はあったのでしょうか。

駐車場と賃貸住宅の併設がメインテーマでしたから、間取りや仕上げ材に関しては、特にこれといった要望はありませんでした。ただ、1階については、将来賃貸住宅として貸し出すことを考えて、クロスなどを張らず、あえて個性を消した打ち放しの内壁としています。
また、お施主様と姪夫婦の3人暮らしなので、二世帯住宅のように玄関や階段をきっちりと分ける必要はないと考えていました。そこで、寝室だけは2階と3階に分けて、共用のリビングを2階に大きく取った間取りにしています。
今回は1階をRC造にしているため、耐震性の観点から考えても、丈夫で長持ちする家になったと思います。内装や間取りについて何か特別なことをしたわけではありませんが、建物の本体だけでなく、内部の空間も、飽きが来ず、長い間快適に過ごしてもらえるようなシンプルなものにするよう、心がけました。

―2階のリビングというのは、キャンティレバーで支えられている部分ですね。キャンティレバーとすることで、内部空間にもなにか効果があるのでしょうか?

極端に言えば、下に支える柱があるかないかの違いだけですから、そこまで大きな効果、というのはないのかもしれません(笑)。
ただ、「浮いている」空間で過ごすというのはちょっと気持ちがいいものです。リビングの窓を開けて下を覗けば「自分のいる部屋が宙に浮いている」ことが分かるわけですよね。日常生活のふとしたときにそれを思い出すだけで、どこか愉快で、軽やかで、解放的な気持ちになれる。小さなことかもしれませんが、そうしたささやかな楽しみを提供できるという効果はあるのではないでしょうか。
「キャンティレバーの家」は、駐車場+賃貸住宅を無理なく同居させることを最優先に考えて生まれた住宅です。1階に必要な駐車スペースを確保しつつ、小さいながらも賃貸住宅を同居させ、上下階間も自然に分断するという条件を満たしながら、外観にも個性をもたらし、住む人にささやかな楽しみも持ってもらえる。それぞれの要素が絶妙に絡み合ったこの住宅は、駐車場+賃貸のひとつのあり方と言えるのではないかと思います。

キャンティレバー部分

柱から2.2mほど跳ね出したキャンティレバー部分。コンクリートの梁の先端を細くすることで、コストと自重を減らし、構造の負担も低減している。同時に、建物の正面が薄くスッキリ見えるというメリットも。

コンクリートスラブを支える柱

跳ね出したコンクリートスラブを支える柱。コンクリート内の鉄筋の間隔を微調整することで、細くスマートなフォルムとなった。

シンプルな内装の1階賃貸住居部分

1階の賃貸住宅部分は、住まい手を限定しないシンプルな内装。トイレ・洗面室も、都会の暮らしにマッチするコンクリート打ち放しのデザイン。

解放感あふれるバルコニー

解放感あふれるバルコニー。夕涼みやバーベキューなども楽しめる広さだ。

編集後記

佐野修建築設計事務所を訪ねて

取材後、「設計だけでなく不動産の相談に関しても積極的に応えていきたいと思っているんです」と意気込みを語ってくださった佐野氏。建築家としては珍しい宅建の資格所持者でもある佐野氏は、『キャンティレバーの家』でも、東京・渋谷という絶好の立地を生かして賃貸住宅の部屋数を増やしては?という提案も行ったのだそう。管理や保守によるお施主様への負担を考え、最終的に賃貸は1部屋のみに留めることになりましたが、土地探しから活用、設計まで、家づくりのすべてに強い建築家は、心強い存在と言えそうだ。

3階のデッキからは新宿のビル群が一望できる

3階のデッキからは新宿のビル群が一望できる

同じテーマのコンテンツを読む

注目の建築家

ISSUE

新着お役立ち記事

記事一覧へ

how to use

建築家オウチーノの使い方

FAQ -よくある質問と答え-

TRUSTe

このページの先頭へ