スキップフロアと回遊型~あいまいな間取りで楽しく~
限られたスペースを広く見せるための工夫や、光や風を存分に取り入れる仕組み、住まい手の生活スタイルにしっくりとなじむ動線計画──建築家が手がける「間取り」には、住宅メーカーや工務店にはない独自のアイデアが詰まっています。本シリーズでは、そんな建築家の間取りと設計手法を徹底解剖。心地よく魅力的な間取りはどのように生まれるのか?に迫ります。第5回は、家中をぐるりと1周できる回遊型のプランにスキップフロアを組み合わせた作品事例、「GOLD BEATLE」(服部信康建築設計事務所)です。
服部信康建築設計事務所
服部 信康
1984年 東海工業専門学校卒業
1984年~1987年 名巧工芸勤務 現場監督を経験
1987年~1989年 総合デザイン勤務 インテリアを経験
1989年~1992年 スペース勤務
1992年~1995年 R&S設計工房勤務
1995年 服部信康建築設計事務所設立
2003年 INAXデザインコンテスト銀賞受賞(長浦の家)
2003年 第35回 中部建築賞受賞(長浦の家)
2004年 AWDA 2004 Award受賞(長浦の家)
2005年 第37回 中部建築賞受賞(GONTAGON)
2008年 第40回 中部建築賞受賞(3POKO)
2009年 第41回 中部建築賞受賞(はっぴいさん)
2009年 第41回 中部建築賞受賞(KURURI-HOUSE)
2010年 第42回 中部建築賞受賞(L7F1)
2010年 第42回 中部建築賞受賞(ぷーさん食堂)
――間取り図を拝見すると、まず家全体をぐるりと回れる回遊型のプランに目が留まります。こうした間取りにはどのようなメリットがあるのでしょうか?
回遊型の間取りには、生活動線や家事動線がスムーズになるほか、行き止まりが少ない分空間全体に開放感が生まれたり、空気や光の通り道が増えたり、廊下が不要になりスペースが有効活用できたりと、さまざまなメリットがあります。かつての日本の住宅は、ファサードの中央に玄関が配置され、そこから各部屋をつなぐ廊下が延びる、といった間取りが一般的でしたが、最近では回遊型の要望が増えていますね。
「GOLD BEATLE」の建て主さんも、当初はこうした理由から回遊性のあるコートハウス(建物の中央に中庭がある形式の住宅)のプランを希望されていました。ところがこの建て主さんは家具がお好きで、たくさんの家具に囲まれて、模様替えを楽しみながら暮らしたいという要望も同時にお持ちでした。コートハウスは建物の内部に庭があるので、隣地や前面道路からの視線を気にせず、家中どこからでも中庭の風景を楽しめます。しかしその一方で、室内の壁の大半を「窓」が占めることになりますから、家具の配置場所は自ずと限定されてしまい、模様替えも楽しめません。
そこで、通常のコートハウスのプランを進めつつも、水面下でこっそり今回のプランを同時に進めて、ある日サプライズで提案したんです(笑)。最終的にはとても気に入って頂き、このプランが採用となりました。
――それぞれのスペースを区切る間仕切りもほとんどありませんね。使い方次第で変幻自在な間取りと言えそうですが、その分、上手に暮らすのは難しそうです。
そうですね。例えばハウスメーカーの建て売り住宅などの場合、ここはリビング、ここはダイニング、ここは子供部屋…といったように、それぞれのスペースが仕切られ、使い道があらかじめ決められていますから、どんな人でも同じように住むことができます。住宅としては正しい姿かもしれませんが、こうした空間ではずっと同じ住み方しかできません。
その点、「GOLD BEATLE」は、間仕切りや個室を設けず、回遊型のプランで空間全体をゆるやかにつなげて、各スペースの位置付けをあえて“あいまい”にしています。こうしたあいまいなフリースペースが増えれば空間全体に可変性が生まれ、家具の配置などを変えることでまったく別の間取りを生み出すことができるのです。例えば、西側のダイニングのテーブルを、リビングや東側のフリースペースに移動させたり、子どもが独立した後はリビングをギャラリーにしてダイニングを寝室にしたり…といったことが可能です。こうした模様替えで空間の印象は大きく変わり、毎日の生活に新たな刺激をもたらしてくれます。
――コートハウスの場合、窓が大きく取れるので室内全体を明るくできます。「GOLD BEATLE」は壁の面積を増やした分、採光が得にくくなるのではないですか?
「大きな窓で明るい空間にしたい」と望まれる建て主さんはたくさんいらっしゃいますが、窓を大きくする以外にも、明るさを感じさせる方法はあります。たとえば「GOLD BEATLE」の場合、浴室や洗面スペースのある北側には大きな開口がなく、暗くなりがちでした。そこで、建物中央にトンネルのようなあえて暗めのスペースを設けました。明るい南側のリビングスペースから北側のスペースを見た場合、どうしても暗く感じがちですが、こうして暗いトンネルの先に明るい空間が広がっているように見せてこれを解消しています。車に乗っているとき、トンネルを抜けた先の風景にはワクワクさせられますよね。それと同じ原理です。壁を多めに設けた分、こうした工夫で、明るさを感じられるような間取りにしました。
――「GOLD BEATLE」は平屋建てですが、内部の至る所に大小さまざまな段差が設けられています。特に東側と西側のスキップフロアは特徴的ですが、これらの段差にはどのような意図があるのでしょう?
今回、敷地には十分な広さがありましたから、暮らしやすさを考えるとやはり平屋という選択肢が有力でした。しかし、小さなお子さんがいらっしゃることもあり、平面的に単調な家ではなく、どこかわくわくできる間取りにしたいという思いもありました。
そこで、建物の高さを、平屋と2階建てのちょうど中間くらいの高さに設定して1.2mほどの高さのスキップフロアを2つ設けました。一般的にスキップフロアは、床に段差をつくることで視線が広がり開放感が得られるほか、縦方向にリズム感を生むという効果がありますが、「GOLD BEATLE」のように間仕切りのない住宅の場合、こうした段差が各スペースを緩やかに区切る役割も果たしてくれます。あいまいさを維持しつつ、さりげなく空間を区切るには最良の方法と言えるでしょう。
――「GOLD BEATLE」は、建築家から建て主さんへの提案によって生まれた住宅です。建築家との家づくりでなければ、この間取りは実現できなかったのでしょうね。
無理もないことですが、多くの建て主さんは「こういう家に、こういう風に住みたい」というイメージばかりが先行し、実際の日常生活を具体的に考えていません。デザインの好みだけを優先させてしまうと、自分に合わない家に住まなければならなくなります。そうした建て主さんに対し、本当にその人にあった家を提案してあげることは重要です。
今回の「GOLD BEATLE」は、建て主さんが家具好きで、ご自分たちで模様替えをきちんとできるからこそ、実現できた間取りです。もちろん、「GOLD BEATLE」のような家には住めないという人もいるでしょう。でも、そうした人にはその人にぴったりの間取りが必ずあるはずです。それを提案してあげることも、たくさんの建物を見て、つくってきた我々建築家の役割だと思っています。
中央のトンネルスペースからリビングを見る
広めのトイレは、子どもの手洗いスペースも兼ねる
スキップフロアと半地下の個室。階段で区切られるため建具はない
キッチンからリビングを見る。家具の配置によって役割を変える空間
これまでの住宅の既成概念にとらわれない、新しい間取りを数多く生み出してきた服部氏。取材中、何度も「毎日が楽しくなるような」「ワクワクするような」という言葉を織り交ぜ、たくさんのアイデアを話してくださいました。「目線の先に、常に楽しいものを」とも話してくださった服部氏の思いは、スキップフロアへつながる階段や、北側へ抜ける中央のトンネル、リビングから見える少し高い玄関など、随所に見付けることができます。ただ美しいだけでも、ただ住みやすいだけでもない、毎日が楽しく、ワクワクできるような住宅を、これからもたくさん見せていただきたいと感じました。
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