建築家の自邸 ~自然とつながる、自然と暮らす~
限られたスペースを広く見せるための工夫や、光や風を存分に取り入れる仕組み、住まい手の生活スタイルにしっくりとなじむ動線計画──建築家が手がける「間取り」には、住宅メーカーや工務店にはない独自のアイデアが詰まっています。本シリーズでは、そんな建築家の間取りと設計手法を徹底解剖。心地よく魅力的な間取りはどのように生まれるのか?に迫ります。第4回は、自然を内部空間に取り込んだ間取りが魅力的な建築家の自邸、「ほとんど外の家(奈良、青山の自邸)」(山下喜明建築設計事務所)です。
ycf/山下喜明建築設計事務所
山下 喜明
1963年?大阪府生まれ
1988年?大阪工業大学建築科卒業
1994年?山下喜明建築設計事務所 設立
2001年?建ぺい率許可制度活用コンペ大阪府違反建築等防止推進会議議長賞
2008年?住まいの環境デザインアワード 暮らしのデザイン特別賞(「奈良青山の自邸」)
2011年?第14回奈良県景観調和デザイン賞 審査委員長賞(「王寺の家」)
2011年?大阪ガス住宅設計アワード2010 佳作入選(「風の駅」)
2011年?グッドデザイン賞受賞(ほとんど外の家(カゼノトオリミチ))
2011年?グッドデザイン賞受賞(ほとんど外の家-2(オープンエアーリビングから海を眺める家))
2013年?大阪ガス住宅設計アワード2012「特別賞」(ほとんど外の家(オープンエアーリビングから海を眺める家))
2013年?かんでん住まいの設計コンテスト2012「佳作」(「40/20 House」)
2013年?LIXILデザインコンテスト2012「審査委員特別賞」(「40/20 House」)
――「ほとんど外の家」は山下さんのご自邸だそうですが、その名のとおり、室内とは思えないほど開放感がありますね。自然に囲まれた敷地も印象的です。
予算の都合から、安く購入できる未造成(擁壁などで造成していない)の傾斜地を探して購入しました。傾斜は最大で40度あり、未造成なので雑木林がそのまま残っています。一般的にはかなり条件が厳しいように思えるかもしれませんが、こうした敷地でも、杭を打ったりコンクリートの脚を建てたりすることで十分に家は建つのです。結果として周辺の自然を存分に楽しむことができ、傾斜地ならではの眺望も得られました。
最近の住宅では、予算の半分以上が土地代に消えてしまうのが当たり前になりましたよね。しかし、こうした自然の斜面のままの土地なら造成費用がかからない分、かなり安く手に入り、その分の予算を建物に充てることができます。建物にお金をかけられるようになれば、建築家も存分に実力を発揮できるようになり、豊かな暮らしが実現できるはずです。建築家はデメリットをメリットに替える術を知っているので、難しそうだなと思っても気に入った土地があれば1度相談してみるのもよいでしょうね。
――自然豊かな敷地環境を活かすために、「ほとんど外の家」では、どのような間取りを心がけて設計されたのでしょうか。
まず、せっかくこんなに自然豊かな土地に家を建てるのですから、元々あった雑木林はできるだけ切らずにそのまま残すことにしました。そのうえで、春は新緑、夏は緑、秋は紅葉の景色を、360度のパノラマでダイナミックに感じることができるよう、建物外周をぐるりと回廊で囲む間取りとしています。
長方形の建物のちょうど中心あたりに玄関を設け、東側にパブリックスペース、西側にプライベートスペースを配し、それぞれの空間を緩やかに分けています。パブリックスペースのLDKは、南面一面をガラスの框戸(かまちど)にして内外を大胆につなげました。框戸を全て開け放てば内部空間と外部の雑木林が一体になり、大きな開放感が得られるようになっています。南側は傾斜地になっていますから、人目を気にせずに借景を楽しむことができます。人目のある東・北・西面には太めの木製縦格子を設置して、防犯やプライバシーに配慮しています。
――外部に大きく開けたリビングとは対象的に、西側のプライベートスペースには小さな部屋が2つありますね。
プライベートスペースは、浴室・洗面室を挟んで、西側が和室、東側が書斎兼寝室になっています。どちらも小さな部屋で、特に和室は3畳と、あえてこぢんまりした空間にしています。「3畳では小さすぎるのでは?」と心配される方もいらっしゃいますが、そんなことはありません。ただ、そこはやはり実際に体験していただかないと分からないので、家づくりの相談に来られたお客さんをお通しすることもあるんですよ。みなさん「このくらいの方がかえって落ち着くかも…」と納得して帰られます(笑)。
使うことの少ない和室や客間に大きなスペースを割くのはもったいないですし、解放的なリビングとの対比によって小さな和室に特別感も生まれます。ちょっと落ち着きたい時にほっこり籠もれるスペースには、このくらいの大きさがちょうどいいのではないでしょうか。
――これだけ外部に開けていると、開放感が得られる分、夏の暑さや冬の寒さが厳しいのではないでしょうか?
夏に関しては驚くほど快適です。日中の日射は木立や葉が遮ってくれますし、周囲はコンクリートではなく土の地面ですから、ひんやりした空気が家を包んでくれます。また敷地の南側と北側には約20メートルの高低差がありますので、緑に冷やされた涼しい風が南から北に、常に抜けていきます。建物中央の玄関は、この風の通り道としての役割も持っているのです。そのおかげで、住み始めてから約8年が経ったいまでもエアコンなしで過ごしています。現代版の「夏を旨とした住宅」と言ったところでしょうか。
冬については温水床暖房を使用していますが、この頃になると木々の葉も落ち、太陽の高度も下がるため、たっぷりの日差しが入り込み、寒さを軽減してくれます。
――外部に大きく開けた間取りは確かに魅力的ですが、視線や温熱環境などの問題から抵抗を感じる方も多いのではないでしょうか。
もちろん、ここまで外に開けた家となると、万人向けの住まいとは言いがたいでしょう。ただ、室内にいながら自然を感じるための方法は、「ほとんど外の家」のように外に開くだけではありません。例えば以前に私が設計した「王寺の家」は1つの例です。
「王寺の家」の建て主さんは、「『ほとんど外の家』のように雑木林に囲まれた開放的な住まいを」と希望されていたのですが、周囲にはマンションが建ち並んでおり、外に開けた間取りは実現が難しかった。かといって、建物の外周に塀を建ててしまっては開放感が失われてしまいます。そこで、建物を縦長のパブリック棟とプライベート棟の2つに分け、その真ん中にサンドイッチするように細長い緑のスペースをつくったのです。「ほとんど外の家」とは逆の発想ですが、家中どこからでも自然を感じることができる点は共通しています。いつも同じ方法をとるのではなく、その敷地や環境ごとに、最適な解答を導き出すのが建築家の仕事です。これから建築家との家づくりを考える方には、建築家に依頼することのメリットの1つとして、このことをぜひ知っておいてほしいですね。
――「ほとんど外の家」に興味を持って相談に来られたお客様に対して、実際にどのような提案をされているのですか。
「あえて外の空気に触れる動線」を意識して取り入れた間取りを提案することがありますね。もちろん無理強いはしませんが、例えば毎晩、リビングから寝室に移動する際に必ず外部(半屋外空間)を通るような動線にするのです。一見すると不便でしかたのないように思えるかもしれませんが、そうすることで、「今日は月が綺麗だな」とか、「空気がちょっぴり冷たくなってきたな」とか、「木に新しい芽が吹いてきたな」といったように、季節の変わり目を敏感に感じ取ることができるようになるのです。当たり前のことのようですが、もともとマンションに住んでいた建て主さんなどにとっては特に新鮮な体験だそうで、毎日の生活に活気が生まれたと話してくれました。実はこうした小さな体験の積み重ねこそ、豊かなくらしの源なのかもしれませんね。
――最後に、自然に囲まれた暮らしの魅力についてどのようにお考えか、教えていただけますか。
暑いとか寒いとかいう感覚はネガティブなものとして捉えられがちですが、せっかく美しい四季のある日本で自然とともに暮らすなら、そうした感覚も含めて、暮らしの中に取り込むのも悪くはないでしょう。都会の暮らしに疲れてしまった人や、これから第二の人生を歩もうという人にとっては特に、新たな価値観に出会う大きなきっかけになるのではないでしょうか。
浴室の建具を開放すると露天風呂のような開放感が。洗面鏡には外の緑が映り込むよう工夫をしている
玄関ホールの中央に置かれた下駄箱と衝立は仕切りを兼ねている
茶室仕様の和室は、ほっこりこもれる3畳の特別なスペース
未造成の宅地・雑木林をそのまま残したことで、周囲の自然と建物が見事になじんだ
自然に包まれたプリミティブな暮らしは
最高に豊かな暮らし
「せっかく自然に包まれた暮らしを望むなら、不便さごと受け入れ、プリミティブな生活をしてみるのもよいものですよ」と山下氏。暑さや寒さもポジティブに捉え、四季の移ろいを肌で感じる生活は、高性能住宅では得られない最高に豊かな暮らしのあり方なのかもしれません。
取材後、普段どのように生活されるのかを聞いてみたところ、春・夏・秋は、玄関南側の半屋外空間にソファやテーブルを置き、オープンエアーリビングとして過ごすことがほとんどだそう。雨が降るとせっかくのソファが濡れてしまうのでは?という質問に対しては、「半屋外とは言っても大きな軒に守られているので、雨の日も安心してくつろげるんです。さすがに台風の日は濡れてしまいますが、365日のうち5日くらいはそんな日があってもいいじゃないですか」と笑いながら答えてくださったのがとても印象的でした。
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