建築家・松尾和昭さんのブログ「住宅内の段差」
住宅内の段差
2014/11/09 更新
今やバリアフリーが常識的な設計スタンスとなった様相を呈していますが、このバリアフリーを一括りでわかりやすくすると建物の内外における段差解消をすることで、高齢者や身体不自由者、お腹が大きくなって足元が危ない妊婦さんにとって安全な環境を作り出そうという事が狙い。
さてそこで住宅の話に絞りますと、そもそも日本の住宅では日本人の生活に切っても切れないのが、住宅内では靴をぬぐということ。これはベッドで寝る時以外は靴を脱がないというひたすら悪臭プンプン鼻曲がり的かつ水虫大喜びの足ムレムレ生活に慣れきった欧米諸国にない清潔な生活が延々と継続されてきています。
玄関という室名は日本だけの呼称のようで、靴を脱がない諸国では、外から室内に入る「入口」という意味でしかないENTRANCEという名前が付けれられています。これじゃ我が国じゃ正面玄関も勝手口も全て同じに捉えられかねません。
その意味でも、日本語での「玄関」という呼び方は非常に理解しやすい。
今日はその話ではなく段差の話。
玄関だけはバリアフリー法でも段差は止むを得ないとしています。そのことは我が国の建築や生活のあり方からしてあたり前でしょうが、あたりまえだから何の工夫もいらないと考えたらならこれはプロして失格。
躓くのは段差が意識されない程度の寸法がほとんどです。住宅内でよくある和室と洋室の敷居は以前は3cm程度の差をつけることが多かったものですが、なぜその寸法なのかということは昔からそうだったというような程度の認識でしか無かったのではないでしょうか。で、その3cmの段差が結構お年寄りにはつま先が引っかかっれ転倒することになり、下手すれば骨折して寝たきりになる恐れがありました。そこで、段差を意識させるほうがむしろ安全ではないかという考えがひろまり、腰掛けられる30cmから45cm程度の段差のほうが使いやすいのではないかという学説もでています。
それくらいの段差であれば、一旦腰掛けてから移動できるというメリットも有り、また段差を利用して収納が出来る工夫も可能です。これは玄関でも同様。
しかしさすがに玄関ではそんなに大きな段差をつけることはほとんどありませんが、やはり玄関ということで靴を脱ぐ行為が出ます。その際の体を安定させるための手摺や格納可能なベンチなどを設けることも必要です。しかし注意が必要なことは、利き腕や同居されるご家族のどなたかの体に麻痺が出ていないかどうか。
そうしたことを聞き取った上で、ベンチや手摺の位置も決めましょう。
これは玄関にかぎらず、住宅内で段差がやむを得ず生じる場所、例えば浴室や階段にも当てはまります。浴室への出入りは、まだまだ段差が付いている住宅が多いことでしょう。その場合、入口横に手摺、浴槽に入る場合の手摺など、居住者に聞き取りながら決めることは必要です。そして、特に階段の場合、幅や手すりの高さ、取り付け位置等、様々な情報を把握して決めないと、とても危険な場所になります。
階段の幅は建築基準法で決められていますが、住宅の場合は75cm以上となっています。以前、足を載せる「踏面」と「一段の高さ「蹴上」が同様に法律で最低寸法が決められていることを書きましたが、この75cmと言う数字はどこから来ているかというと、木造の木割寸法から来ています。
一般的には階段幅は半間(3尺)に収まるように設計されます。木造の在来工法では1尺は30.3cm。3尺は90.9cmで、これは柱の芯々間の寸法ですので、これから仕上げ材などを引いていくと、材料の厚みは様々ですが、おおよそ76.5cmが最小寸法に近くなります。それがこの75cm以上という寸法が出てきた理由になります。
階段に手摺を付ける義務が法改正で出てきましたが、壁から手摺端部まで10cm以下であれば、手摺の出寸法は無視して構いません。階段の両側に手摺を付けても、その手摺が壁から10cm以下の出寸法であれば、階段の有効幅は壁と壁の間で75cm以上あれば建築基準法違反にならないということです。
両側に手すりをつけることで実際の有効幅が狭くなるということによる建築基準法からの逸脱よりも、居住者の安全を考慮して、少々の寸法減は目をつぶるという対応です。
75cmと言う寸法は最小寸法ですのでこれより大きくすることには法的には問題ありませんが、体に不自由が生じた時の手摺の捉まり方が問題になります。体の自由が効きづらくなった時、階段の上がり下りは手摺を頼ることになりますが、階段の幅が広い場合、両方の手摺をつかまりながら階段を利用する行為は困難になります。
人によっては両手で手摺に体重を乗せながらゆっくり降りることもあるかもしれません。したがって広ければいいという発想だけで階段の寸法を決めるのはとても片手落ちになるということになります。
居住者の現在の状況を正確に把握すことが最低限必要です。また、高齢者が同居される場合、将来の身体不自由を予測し、手すりが付けられるように壁内部に補強用の合板を予め付けておくことや、階段の手すりの場合、記のような利用され方では体重がかなり掛かるということを考慮し、丈夫な手摺を選定しておくことが大事です。
バリアフリーと行っても、玄関を除き段差をゼロにするためには工夫とコストが必要になります。
以前のように床にレベル差を設けて空間の変化を設けるという手法はとても魅力的ではありましたが、高齢時代になった今、設計者のそうした思い入れで安全性を無視した設計をしないように自重することが求められています。
意識の高い設計者であれば、依頼者が要求しなくてもそうしたことへの配慮や問い合わせを行うことでしょう。