建築家・浪瀬朝夫さんのブログ「「家づくりのヒント」最終回」

「家づくりのヒント」最終回

2024/10/08 更新

最終回がずいぶん遅くなりました。
ホームページにて全文掲載予定です。ぜひ家づくりのご参考にしてください。



第三章 家族の家

1.安らぎと活力の場所

 多くの人は朝出かけ、勤めや学校を終え帰宅します。誰もが一日の出発と帰還の場所を持っています。家のもっとも重要な働きは、この出発と帰還の拠り所として、住む人の心身を休め明日へ向かう活力を与える場所として機能することです。
 これまでのような空間構成の工夫によって家は、家族にとって庇護され、許容された自由な場所、もっとも親密な場所となって、人を取り巻く空間領域の中心に位置することができます。風景につながる窓、閉じた部屋、開いた部屋、奥行きのある空間、敷地境界線までの家族の外部空間、夜と昼の光の演出…、家の内部空間は生き生きとして、人はそこに開放感を得、何よりもそのすべての空間の広がりを、自分のもっとも親密な空間の延長として感じることができます。このような自身の空間の延長をなんの支障も無く伸びやかにできることこそが、くつろぎを得る条件でもあるのです。庇護され安心を得ることのできる空間があれば、外の世界に対しての恐れや不安にも、あらたに立ち向かっていくことができます。早々自分を取り戻し明日への活力も復活させられるでしょう。
 生き生きとした家の内部空間はまた、家族の共通の風景となります。家族それぞれの考えや思想が異なっていても、毎日の暮らしのうちに共通の風景が自然な一体感を生み出します。日々慣れ親しむことによって無意識のうちに自然に結ばれていくのです。どこへ旅立っても家族それぞれにとってその場所は、広い大地のもっとも大切な場所となるのです。

 家はこうして、単なる機械仕立ての機能の数々を超えた、もっとも重要な機能を獲得して、「住まう人に安らぎと活力を与える」という本来の役割を果たすことができるのです。


2.家族の記憶を育む家

 家をつくる人は、多くの場合、入念な検討によってひとつの土地を入手し、家づくりに着手します。家づくりには、土地選定からそこに住む人の様々な思いが込められているのです。敷地をすべて住まい手の領域としてデザインすることの必然性は、そこから生まれます。そして、家を構成する要素の組み立て―デザインを、人の空間や領域、場所といった考えから出発し、発展させることによって、家は単に住むための機械という概念を超えて、まるで身体にぴったりのオーダーメイドの洋服を着るような心地よさを手に入れることができます。そればかりか、そうした家は家族と共に成長していきます。
 最近の材料工学および建築工法の進展によって、以前よりも建築はその寿命を延ばしています。私たち建築家も、様々な工夫を凝らしアイデアを振り絞り、その場所で、しかもその家族のためだけの家を設計するのですから、できる限り建物が長く生きて欲しいと願います。寿命だけでなく、何か別の理由で建物が壊され、なくなってしまうこともあります。極端な場合、土地そのものの形状すら残さないで変わってしまう場合もあります。しかしながら、住む人のために良く考えられた家は、そうした状況をも乗り越えようとします。
 家が完成し、新しい空間で四季を経験して一年が経ち、さらに月日を経ていく、家が一年、一年と年を重ねるのと同時に、住む人も年月を重ねていきます。設計打ち合わせの時には、未だよちよち歩きだったクライアントの幼な子は、完成一年後に家を訪れると、もうお話ができたり階段を一人で歩いたりしています。家が家族に少しずつなじんでいくように、家族も成長しているのです。窓を通して見える景色の移り変わり、テラスでの楽しい出来事、階段をあがって見える室内の風景、光による夜の穏やかなひととき、様々な家族の出来事が空間に交わって、家はそこでしか得られない空間の経験を住む人に与えてくれます。そしてその貴重な経験によって、人はその場所をかけがえの無い「場所」にしていきます。階段を歩く子供も、窓から見える風景や家族との出来事をその家と共に経験します。そして将来その子が成長して、広い世界に飛び出ていったとしても、その家での経験は思い出に変わります。家族を結び付ける風景の数々は、後日「ふるさと」となって子供の記憶に深く刻まれるのです。遠い将来、たとえ家が消え去ってしまったとしても、その土地での、その敷地での豊かな経験は、そこで暮らした家族の一人一人の記憶として、又人生の大切なひとときとして残っていくのです。人間のための空間から出発した家は、こうして住む人に豊かさを与え、その役割を果たし、壊れた後も家族の記憶の中で生きて使命を果たしていくのです。

おわりに

家は、人がそこを拠点にして人生の大半を過ごす重要な場所です。
ここで紹介した言わば「空間の出来事」は、実は親密な空間としてデザインされた家は、住む人の身体の延長であるということを示しています。家は単なる機能を備えた器ではなく、生きた空間として認識され、かたちづくられてはじめて、住む人のための「家」となることが出来るのです。
多くの情報が氾濫する今日、家一軒を建てるには、様々な問題をクリアしていかねばなりません。しかしながら、家の機能…本来の…は百年前、それ以前と変わらず「安らぎと活力を得る場所」であり、「家族の記憶を育む家」なのです。設備、構造、工法の利便性や合理性を一方で享受しながらも、本来の機能を達成することが、家づくりを本当に満足のいくものに仕上げることになります。
 取り上げた内容は、住宅建築のほんの一部分に過ぎませんが、家づくりのヒントになれば幸いです。

参照文献

・「トポフォリア ― 人間と環境」 イーフー・トゥアン著(せりか書房)
・「空間の経験」 イーフー・トゥアン著(筑摩学芸文庫)
・「人間と空間」 フリードリッヒ・ボルノウ著(せりか書房)
・「場所の現象学」 エドワード・レルフ著(筑摩書房)
・「風土」 和辻哲朗著(岩波書店)
・「日本の空間構造」 吉村貞司著(鹿島出版会)
・「建築の世界」 クリスチャン・ノベルク・シュルツ著(鹿島出版会)
・「メディア論」 M・マクルーハン(みすず書房)
・「伝統とかたち」 伊藤ていじ(淡交社)



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