建築家・浪瀬朝夫さんのブログ「「家づくりのヒント」第十一回」
「家づくりのヒント」第十一回
2014/02/11 更新
3. 部屋
○ 閉じた部屋
部屋には、小さな換気用窓とドアが一ヶ所しかない。自然光は限られているため、日中でも照明が必要な暗い部屋…。この部屋では、外部の空間、光さえ入り込む余地のないため、「閉ざされている」という感覚に支配されています。しかし一方、人工の明かりに頼ったこの閉じた部屋が、外部世界を寄せ付けない別な世界を生み出しているとも考えられます。情報過多の今日にあっては、入ってくる情報をすべて吟味することは至難の業と言えます。個人の拡張は、そこにしっかりとした個人の意志がなくては拡散し自己を見失ってしまう危険性すらはらんでいると言えるでしょう。人は時折、人里はなれた田舎に赴き心を休め、再び自分を取り戻すために旅に出たりします。家の内部に自分の掩蔽郷(えんぺいごう)とでも言える場所があれば、外出することなく普段の生活の中で、時折こもって自分を取り戻すこともできるでしょう。自分自身の空間として認識できる領域、それにふさわしい適度な広さ、そうした小部屋には上述のような効用が期待できるのです。
屋根裏部屋や小さな書斎に人気があるのは、複雑化し多様化する社会構造の中、それゆえ自分の自分だけの隠れ家的な空間を欲しているからに他なりません。
○ 開いた部屋
それとは逆に開いた部屋とは、家族それぞれの共通の空間に対して開口部が備えられ、場合によっては部屋とは言えないような簡易な間仕切りで仕切られた空間がそれに当たるでしょう。個人の空間はその周縁に生じるのですから、自分の領域に余地を与えるという意味では別な快適性を獲得できます。日本家屋はその昔、障子や襖で仕切られた部屋の連続空間でした。「風土」の著者、和辻哲郎の言う「へだてなきへだて」とは、こうした間仕切りを指し示して、そこに日本人独特の個のあり方を説明しています。隣の部屋で子供がすすり泣く声がさだかに聞こえる…、どうしたのかと心配するが襖を開けずに翌日やさしく振る舞う。子は子で開けてはならない部屋には鍵がなくても言い付けを守った。家族の中にあって思いやりと配慮、そして規律が備わっていたというものです。それに加えて私は、日本家屋の開放性のゆえんは当時の家長制のもと、家人に役割や上下関係があったためではないかと考えています。人の周りに占有空間が生じるために、そこに身分の違いがあれば、家長の場所、家人の場所は決定されていて了解済みであり、あえて部屋を強固に仕切る必要がなかったと思うのです。開放的な古来の家屋の造りを、日本人の自然観に起因する見方だけからではなく、和辻氏がいうおおらかさと思いやりの気持ち、信頼、それに過去の家長制の慣習が、へだてなきへだての開放的な空間構成を可能にしたのではないかと考えます。
しかしながら、今日のように個が主体の社会であっても、上記のようなむつまじい信頼関係がベースになっている家族(本来そうあるべき家族の形ですが)にとって、開放的な部屋の構成がふさわしい場合もあります。廊下空間を廃して、居間を中心に簡易な間仕切りの個室がレイアウトされた計画なども、そうした空間構成の復活であるように見えるのです。そこには、家族それぞれが主人公でありながらも「家族」の理想の姿を実現したいという意図が感じられるのです。