「家づくりのヒント」第七回｜建築家・浪瀬朝夫さんのブログ【建築家O-uccino（オウチーノ）】

３．「場所」について

○　領域と場所

　地図上の単なる位置が、そこでの経験によって「場所」に変化することは述べました。この場所のイメージは当然人によって異なります。同じ街を訪れた人の間にも、その街の印象は古臭い街だとか、懐かしい感じのする街だとか様々です。何かの出来事で親切にされた経験を持つ人と、事故にでも遭った人とではその街の印象はまったく異なるでしょう。その場所のイメージは、その人固有のものである場合がほとんどです。しかしながら一方で「ふるさと」には多くの場合、懐かしい近しいイメージを持ちます。それぞれに異なる場所イメージを「ふるさと」という美しい言葉で普遍化しているのです。

　さて、身体を中心とした空間がその性格によってひとまとまりとなった「領域」という概念と、この個人にとっての具体的な「場所」を重ねてみましょう。経験によって得られた「場所」は、その人を中心とした領域に溶け込んでいきます。遠くにあっても、自分の故郷がどの場所より一番近くに感じられます。また逆に思い出したくない経験を持つ場所は、自然と遠ざけている場合があります。自分が不快だと感じる居心地の悪いバーが近所にあっても、親しい友人と語り合った居心地のよい遠方の店の方が、その人にとってはより近くに感じられます。
　個人にとって親密でうちとけた場所イメージは、その場所をより近しいものにしますが、疎外感のある場所イメージは、その個人からその場所を遠ざけてしまうのです。すなわち、この広い地平線上にちりばめられた「場所」が、実際の距離とは無関係に、さらには過去と現在といった時間をも越えて、その人を中心として広がっているのです。領域がその個人を中心に境界を曖昧にしながら広がるのと同じく、「場所」は、親しみのある場所から疎外された、あるいは無関心な場所へ広がり、領域と同様に緩やかな階層を持つと考えられます。

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　第一章では「空間」という言葉の意味から始まり、身体を中心とした空間の特徴を知り、それらの集合（領域）が個人の無意識な性格付けにより、身体を中心に広がっていることを述べてきました。そして、個人の空間は前節の「領域」から、ある地点での経験を通して獲得されるより具体的な「場所」によって構成されており、それらは身体を中心としたヒエラルキーを持っていることが分りました。曖昧だった自分の空間が少しでも明らかになったかと思います。


　さて、人は人生のどの時点でも、貸し家であれ、所有であれ日々の生活の起点をもっています。朝起きて出発し、再び帰って来る…、個人を取り巻く空間の、「住居」は拠点であり中心です。すなわち「家」は、個人にとっての場所・領域の中心に位置していると言えます。この中心となる「場所―家」をより豊かに構成しデザインすることによって、住み手にとっての親密な空間経験が積み重ねられ、「家」はかけがえのない「場所」へと成長していきます。目の前に広がる広大な土地のうちからひと切れの土地を選択し、そこに自分の、または家族の「家」を建てるという行為は、したがって「人生の大事業」といった一般的な話以上に、より大切な行為であると言えるのです。一人の人間を取り巻く空間の諸性格から、敷地を含めた家の空間構造―構成が家の性格を決定づけ、それ以降の長い生活に影響を及ぼします。個人の空間のもっとも親密な場所、それが家であり、時間の経過（そこでの経験の積み重ね）によって、家はそこで暮らすひとにとって「ふるさと」になっていきます。新しい生活を始めるカップルは、親密な心許せる場所として「新しいふるさと」の創造に努めるべきだと言われます。

次章からは、これまでの話をベースに、空間の拠点となるそのような家づくりの為の、アイデアや工夫の一端を具体的にお話していくことにします。