建築家・浪瀬朝夫さんのブログ「「家づくりのヒント」第五回」

「家づくりのヒント」第五回

2013/10/24 更新

2. 領域 

前回は「個人の領域」についてお話しました。

○ 広がる領域

 生まれて間もない乳児は円形の図に、より反応を示します。母親の乳房、顔それらを単純な図形、円として最初に認識するからだと言われています。ベッドに横たわった乳児は、視覚による限定的な反応から次第に触れる動作をし、物を握り捕まえるしぐさを覚え、自分の体と周りにあるものとの位置関係を学びます。そしていよいよ立ち上がる時、それまで身体の周辺で終わっていた空間は、一挙に広がり行動範囲は広がります。幼児期のこのたった数ヶ月の劇的な世界の広がりは、人間の本能とはいうものの、彼がすぐさま言葉で説明することが出来たなら、それは素晴らしい経験あることを私たちは再確認することができるでしょう。
 
 このような幼児期の行動範囲の広がりと同様、私たちは日常生活において、実は同じような体験をしています。新しい出会い、新しい仕事、訪れたことのない場所への旅行、最近買った本や音楽CD、映画、毎日のニュース……。好奇心を満たし、親しみを覚える数々の出来事が、自分の空間領域を拡張していくのです。六十年代、情報媒体の急激な進歩を「人間の拡張」と言ったのはマクルーハンでした。新しい仕事はまた、新しい人との出会いを生むでしょうし、自分にとって新しい知識はまた新しい知識を求めます。このようにして親しみと信頼を覚える領域の自身への取り込みによって、結果として自分の空間領域が拡張していくのです。一方、期待通りではなかった出来事は、無意識のうちに関心の薄い領域へと押しやられてしまいます。これらもまた、何かの不意の出来事が引き金になって、自身の空間のより近い部分へと近づく場合もあります。個人の気分や、住む場所、組織などでの立場や環境が変化して、その時無関心であったものが、後日とても大切なものに変わる場合もあります。親しみを覚えるもの、疎外感を感じるものも状況によって同時に変化します。変化の要因は人それぞれ異なります。

 このように「個人の様々な空間の集合としての領域」は、個人の内側の変化によって、その範囲を拡張したり狭めたり、あるいはあいまいにしたりするのです。しかしながら、どのような性格の領域に取り込まれたにせよ、はっきり言えることは、領域の拡張はその人自身の拡張であると言えます。自身の拡張は個人の成長といってもよいでしょう。不可能と思われる分野に挑戦する科学者、自分の記録を超えるために努力するアスリート、彼らがいつの時代でも話題になるのは、自身の拡張に勇気を持って挑む人に、誰もが希望を見出しているからに他なりません。

 さて、ここまで現実にある私たちの身体と、一方で抽象化されたイメージを必要とする「空間・領域」について考えてきました。これらを次回では、具体的な「場所」との関係で見ていくことにします。


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