日々、新しい過ごし方が見つかる「懐の深い家」
東 信洋(space fablic)
施主の要望をどう実現するか、あるいは何を優先して、何を捨てるか。このような建築家の「腕の見せ所」とも言える問題に対し、space fablicの東氏は、要望をそのまま一方通行に受け入れるだけでは不十分と語る。心がけているのは「柔軟さ」。そこには「家づくりを通じて生活を考え直してほしい」という思いがある。
インタビュー、構成:建築家O-uccino編集部
──いい家とはどんなものだと考えていますか?
施主の要望をそのまま形にするだけでは、「いい家」はできないのではないかとよく思います。要望とは、施主のそれまで住んできた体験が元になって出てきたものですが、そのような「過去」だけを拠り所にしていては、これからの生活を切りひらいていく力に欠けるのではないでしょうか。
私が目指すのは、もっと「懐の深い家」です。これまで自分がしてきた家の中での過ごし方とは少し違うけれど、意外と気に入るような行動を、常に発見していけるような家を作りたいと思っています。
──それは長く暮らしていくことを思えば大事なことですね。
住み始めたときではなく、何年目かに気づく良さもあります。だから、施主の要望を聞くときも、視野を広く持っておくように気をつけています。
たとえば「ソファーに座って大画面のテレビを見たい」という要望が出たとき、そのまま言葉どおりに受け取るのではなく、奥にある意味までくみ取ることが大事です。つまり、リラックスするには本当にテレビとソファーでなければいけないのか、と立ち止まって考える。すると、もしかしてソファーでなく大きなテーブルを置いたら、子供の勉強を見ながら本が読めていいかもしれない、親子の新しいコミュニケーションが生まれるかもしれない。このように、施主の家族関係や人生まで含めて考えるのです。
──施主もたくさん考えることがありそうですね。
家づくりが、施主にとって「どう生きていきたいか」といったことを考えるきっかけになってほしいですね。
ただ、真剣に考えると家族で意見が分かれることもあるし、頑張りすぎると家づくりが辛い労働のようになってしまうこともあります。そんなときは、建築家として、さまざまな希望をかなえるベストな回答を出すことだけでなく、率先して楽しい雰囲気をつくるように心がけています。
──具体的には、どんなふうに家族の意見をまとめるのですか?
うちの事務所は夫婦でやっていて、二人とも建築家です。だから、施主の奥さんにキッチンまわりの希望を聞くときは、うちの奥さんにも参加してもらい、ふだん台所に立つ人の意見を取り入れるようにしています。このように、たくさんの人の「目」を借りることで柔軟な発想も出てくるのです。
東 信洋(space fablic)
1973年 東京都中央区生まれ 1991年 筑波大学附属高等学校 卒業 1996年 東京大学 工学部建築学科 卒業 1998年 東京大学 大学院修士課程 修了 1998年 鹿島建設株式会社 入社 2002年 space fabric一級建築士事務所 設立